「デジタル遺言」で相続は変わる?司法書士が考える、本当に大切な生前準備

「デジタル遺言」で相続は変わる?司法書士が考える、本当に大切な生前準備
パソコンやスマートフォンで作成できる、いわゆる「デジタル遺言」。紹介された記事では、遺言作成の負担を軽減し、相続トラブルを防ぐ新たな制度として取り上げられています。
2026年6月17日、デジタル技術を活用した新しい遺言方式「保管証書遺言」を盛り込んだ改正法が成立しました。法務局での保管などを通じて、遺言者本人の意思と遺言の真正性を確保する制度です。日本司法書士会連合会の会長声明
デジタル遺言はいつから始まる?
デジタル遺言(保管証書遺言)は、2028年中の導入が見込まれています。ただし、2026年6月23日現在、具体的な開始日はまだ決まっていません。
改正法では、保管証書遺言に関する規定について、「法律の公布日から3年以内の、政令で定める日」に施行するとされています。そのため、正式な開始日や申請方法、手数料などは、今後の政府・法務省からの発表を確認する必要があります。衆議院「民法等の一部を改正する法律案」
なお、デジタル遺言の開始を待たなくても、現在利用できる自筆証書遺言、公正証書遺言、法務局の自筆証書遺言書保管制度によって、今から相続対策を始めることができます。
「スマホに保存」しただけでは遺言にならない
注意したいのは、スマートフォンやパソコンで文章を作成し、保存しておくだけで法律上有効な遺言になるわけではないという点です。
新しい保管証書遺言では、電子データなどで作成した内容について、遺言者が遺言書保管官の前で全文を口述し、法務局が形式を確認して保管する仕組みが設けられます。
したがって、スマートフォンのメモ、メール、音声、動画などを家族に残しただけでは、原則として法律上有効な遺言にはなりません。
デジタル化されるのは主に作成・保管の手段です。本人確認や意思確認まで省略される制度ではないことを理解しておく必要があります。
メリットは「書きやすさ」だけではない
新制度には、手書きが難しい人でも遺言を作成しやすくなるという大きな利点があります。
また、法務局で保管されるため、次のようなリスクの低減が期待できます。
- 遺言が紛失する
- 家族に発見されない
- 内容を改ざんされる
- 形式の不備によって無効になる
- 紙が劣化して内容を確認できなくなる
現在の「自筆証書遺言書保管制度」でも、法務局に保管された遺言については、相続開始後の家庭裁判所による検認が不要です。法務省「自筆証書遺言書保管制度」
もっとも、法務局による確認は、遺言内容の法的な妥当性まで保証するものではありません。形式を満たしていても、内容に問題があれば、相続手続が円滑に進まない可能性があります。
遺言があっても、トラブルがなくなるとは限らない
実務では、次のような遺言が問題になることがあります。
- 不動産の表示が不正確で、物件を特定できない
- 預貯金の指定方法が曖昧で、金融機関の手続ができない
- 作成後に売却した財産が記載されたままになっている
- 遺留分への配慮がされていない
- 遺言執行者が指定されていない
- 記載されていない財産の扱いが定められていない
- 家族に遺言の存在が伝わっていない
遺言は「書けば安心」というものではありません。相続登記や預貯金の解約など、遺言者が亡くなった後の手続まで実行できる内容にすることが重要です。
特に不動産については、普段使用している住所ではなく、登記事項証明書に記載された所在、地番、家屋番号などを確認しなければなりません。
司法書士は登記情報や相続関係を調査し、将来の相続登記に利用できる内容になっているかという視点から、遺言作成を支援できます。
「相続放棄」と「土地を国へ返す制度」は別物
記事を読む際、整理しておきたいのが、「相続放棄」と「相続土地国庫帰属制度」の違いです。
相続放棄は、預貯金や不動産などのプラス財産だけでなく、借金などのマイナス財産も含め、相続人としての地位を原則すべて放棄する手続です。
通常は、自分のために相続が始まったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所へ申述する必要があります。
一方、相続土地国庫帰属制度は、相続などで取得した土地について、一定の審査と負担金の納付を経て、国庫に帰属させる制度です。不要な土地だけを手放すための制度であり、相続放棄とは要件も効果も異なります。法務省「相続土地国庫帰属制度」
「使わない土地があるから相続放棄をする」と安易に判断すると、預貯金など本来受け取りたかった財産まで相続できなくなる可能性があります。
まずは財産と負債を調査し、相続放棄、限定承認、土地の売却、相続土地国庫帰属制度などを比較することが大切です。
どの遺言方式を選ぶべきか
デジタル遺言は便利な選択肢ですが、すべての人に最適とは限りません。
現在でも、主に次の方法があります。
- 自分で全文を書く自筆証書遺言
- 自筆証書遺言を法務局に預ける方法
- 公証人が作成する公正証書遺言
財産や家族関係が比較的単純な場合は、自筆証書遺言書保管制度が選択肢になります。
一方、財産が多い場合、家族関係が複雑な場合、遺言能力について後から争われる可能性がある場合などには、公正証書遺言を検討する価値があります。
制度の新しさだけで選ぶのではなく、財産の内容や家族の状況に合った方式を選ぶことが重要です。
特に早めの準備をおすすめしたいケース
次のような方は、デジタル遺言の開始を待たず、早めに遺言を検討した方がよいでしょう。
- 子どもがいない夫婦
- 再婚し、前婚の子がいる
- 相続人同士が疎遠である
- 内縁の配偶者に財産を渡したい
- 相続人以外の人や団体へ遺贈したい
- 不動産を複数所有している
- 事業や賃貸物件を特定の人へ承継させたい
- 障害のある家族の生活を支えたい
- 相続人の中に行方不明者がいる
遺言能力が失われた後では、新たに遺言を作成することはできません。「まだ早い」と思える時期こそ、落ち着いて内容を検討できる時期ともいえます。
大切なのは「デジタルか紙か」ではない
遺言制度のデジタル化によって、遺言作成の選択肢は確実に広がります。遺言の紛失や未発見、形式不備などを防ぐ意味でも、新制度には大きな期待が寄せられます。
しかし、デジタルか紙かは、あくまで手段の違いです。
本当に大切なのは、誰に何を渡したいのか、その内容で家族の生活がどう変わるのか、そして実際に相続手続を完了できるのかを、生前に考えておくことです。
遺言を作成する際は、戸籍、不動産、預貯金、株式、債務などを整理し、相続登記や遺言執行まで見通した内容にする必要があります。
デジタル遺言の開始をただ待つのではなく、まずは現在の財産と家族関係を確認すること。それが、将来の相続トラブルを防ぐ第一歩になります。
※本稿は2026年6月23日時点の公表情報に基づく一般的な解説です。具体的な遺言・相続手続については司法書士や弁護士へ、相続税については税理士へご相談ください。



