コラム

親の預金が下ろせなくなる日 ―― 認知症で口座が凍結される前に、家族にできること

※ 2026年6月17日に成立した改正民法の内容を反映しています(本記事は2026年7月時点の情報です)。


「母の口座から、お金が下ろせなくなりました」

相続のご相談を受けていると、亡くなった方のことではなく、まだご存命のご親族についてのご相談を受けることがあります。施設の費用を支払おうとして窓口へ行ったら、断られてしまった。そういうお話です。

このとき、多くの方が同じことをおっしゃいます。

「そんなことになるとは、思っていませんでした」

この記事は、まだそうなっていないご家庭のために書いています。手続きの手順ではなく、何が起きるのか、そして今なら何ができるのかを整理します。


1. 何が起きるのか

金融機関は、預金を引き出す際に「ご本人の意思」を確認します。ご本人が認知症などで判断できない状態にあることを金融機関が把握すると、ご本人の財産を守るために、払い戻しに応じなくなります。

これがいわゆる「口座の凍結」です。法律上の正式な用語ではありませんが、実際上そうなります。

止まるのは預金だけではありません。

  • 定期預金の解約ができない
  • 不動産の売却ができない(施設費用のために実家を売る、ということができなくなります)
  • 生命保険の手続きができない
  • 相続対策としての贈与も、契約も、一切できない

ご本人の判断能力が失われた時点で、財産に関する動きがすべて止まります。

医療費など事情が明らかな場合に、金融機関が柔軟に対応してくれることもあります。ただしこれは各金融機関の判断であり、あてにできるものではありません。


2. なぜ、これが子世代の問題になるのか

親の預金が使えなくなっても、親の生活は続きます。

施設の費用は毎月かかります。医療費もかかります。それを支払う手段がないので、子が立て替えることになります。

月に十数万円を、何年も。しかもその立て替えは、後で必ず問題になります。他のご兄弟から「本当にその金額を使ったのか」と問われたときに、証明する手段がないからです。

私たちが相続のご相談でお会いする、最ももつれた事案の多くは、この立て替えの期間に起きた不信感が原因です。財産の額の問題ではありません。記録がないまま何年も経ってしまったことの問題です。


3. 選べる方法と、それぞれの限界

正直に申し上げると、すべてを解決する方法はありません。それぞれに向き不向きがあります。

① 何もしない

判断能力が保たれたまま亡くなる方も、もちろん多くいらっしゃいます。何もしないという選択が誤りだというつもりはありません。ただ、そうならなかった場合、選べる方法は次の⑤だけになります。

② 金融機関の代理人の届出

多くの金融機関に、家族を代理人として登録できる制度があります。手数料もかからないことが多く、最も手軽です。

ただし、ご本人が元気なうちにしか手続きできません。また、対応できる範囲は金融機関によって異なり、大きな取引には使えないことがあります。まずはお取引のある金融機関に確認されることをおすすめします。

③ 財産管理委任契約

ご本人がご家族に、財産の管理を委任する契約です。判断能力はあるけれど、体が不自由になってきたという段階で使えます。

範囲を自由に決められ、継続的な費用もかかりません。ただし、判断能力が低下すると使えなくなります。あくまで、次の④までのつなぎです。

④ 任意後見契約

ご本人が元気なうちに、「判断能力が衰えたら、この人に任せる」と決めておく契約です。公正証書で作る必要があります。

最大の利点は、任せる相手をご自身で選べることです。ご家族を指定できます。

契約はすぐには効力を持ちません。実際に判断能力が低下したときに、家庭裁判所へ申し立てて手続きを経てから始まります。現在の制度では、そのときに「任意後見監督人」が必ず選ばれ、この監督人には報酬が発生します(費用は後述します)。

なお、この点は2026年の法改正で変わる見込みです。詳しくは第5章で説明します。

⑤ 法定後見

判断能力が失われた後に残る、唯一の方法です。家庭裁判所に申し立てて、後見人を選んでもらいます。

ここが多くの方の想像と違う点なのですが、

  • 後見人を選ぶのは家庭裁判所です。ご家族が希望しても、そのとおりになるとは限りません。弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることも多くあります
  • 原則として、ご本人が亡くなるまで続きます。「用が済んだからやめる」ということはできません
  • 専門職が就いた場合、報酬が毎年発生します

「凍結された預金を動かすために申し立てたら、そのまま十数年続くことになった」というのは、実際に起きていることです。

この使いにくさが、2026年の法改正で見直されました。ただし、実際に新しい制度が使えるようになるのはまだ先です。こちらも第5章で説明します。

⑥ 家族信託

財産の管理を、契約でご家族に託す方法です。柔軟な設計ができ、不動産の管理などで力を発揮します。

一方で、託した財産についてしか効力がありません。医療や介護の契約といった、身の回りのことには使えません。任意後見と組み合わせて考えることが多い方法です。


4. 費用について、正直なところ

費用を比べると、判断の材料になります。

専門職が後見人になった場合

全国調査によると、後見人等の報酬は年額でおよそ34万円が平均です。これが、ご本人が亡くなるまで毎年かかります。10年続けば、300万円を超えます。

ご家族が任意後見人になった場合

ご家族が引き受ける場合、後見人自身の報酬は無報酬とすることもできます。ただし、現在の制度では任意後見監督人の報酬が必ず発生します。家庭裁判所が決めるもので、目安として管理する財産が5,000万円以下であれば月額1〜2万円程度とされています。年額でおよそ12〜24万円です。

つまり、ご家族が担うことで費用がゼロになるわけではありません。それでも、年間で10万円から20万円ほどの差が出ます。そしてその差は、ご本人が亡くなるまで毎年積み上がります。

判断能力が低下する前の段階(②③の方法)であれば、継続的な費用はかかりません。早いほど、選べる方法が多く、費用も低い。これが、この分野の一貫した特徴です。


5. 2026年、成年後見制度が26年ぶりに改正されました

ここは、いま知っておいていただく価値のある話です。

2026年6月17日、成年後見制度を大きく見直す改正民法が成立しました。2000年の制度開始以来、26年ぶりの改正です。

何が変わるのか(法定後見)

  • 「後見・保佐・補助」の3つの区分が、「補助」に一本化されます。判断能力の程度で型に振り分けるのをやめ、一人ひとりに必要な支援だけを設定する形に変わります
  • 一生続く制度ではなくなります。必要がなくなったと家庭裁判所が認めれば、途中で終えられるようになります。「実家を売る間だけ」「遺産分割が終わるまで」といった使い方がしやすくなります
  • 支援の範囲を選べるようになります。どの行為について誰がどこまで支援するかを、個別に決められます。権限を与えるには、原則としてご本人の同意が必要とされます
  • 報酬の決め方も見直されます。財産額を基準にした月額の定額制から、実際の事務の内容に応じた仕組みへ改められる方向です

何が変わるのか(任意後見)

事前に備える方にとっては、むしろこちらが重要です。

  • 任意後見監督人が選任されない場合が生まれます。現在は必ず監督人が付き、その報酬が毎月かかりました。改正後は、家庭裁判所が「明らかに監督の必要がない」と認めるときは、監督人を選任しないことができるとされています。ただしあくまで例外的な扱いで、必ずそうなるわけではありません
  • 控えの受任者を用意できるようになります。「長男に任せたいが、長男に何かあったときは次男に」という備え方ができます(不開始の合意)
  • 契約の見直しがしやすくなります。内容の変更や一部の解除について、手続きが整理されます

いつから使えるのか

まだ使えません。

法律は成立しましたが、施行(実際の運用開始)はこれからです。成年後見の部分は一部を除き公布から2年6か月以内とされており、早くても2028年ごろになる見込みです。運用の細かい部分は、今後の政省令や家庭裁判所の実務で定まります。

「改正を待ったほうがよいのか」について

ここは正直に申し上げます。

親御さんの判断能力がすでに落ちはじめているなら、待つべきではありません。判断能力が失われれば預金は凍結され、不動産も動かせなくなります。2028年まで身動きが取れない状態が続くことになります。

親御さんがまだお元気なら、これは備えを考える良いきっかけです。改正は、事前の備え(任意後見や家族信託)の価値を下げるものではなく、むしろ使いやすくする方向のものだからです。

なお、この章の内容は成立した法律と公表資料にもとづくものです。実際にどう運用されるかは、今後の政省令や家庭裁判所の判断によって変わる可能性があります。「こう変わる見込み」という前提でお読みください。


6. 私たちの考え方

当事務所は、財産の管理はご家族がなさるのがよいと考えています。

理由は二つあります。

一つは、費用です。上に書いたとおりです。

もう一つは、ご本人のことを一番よく知っているのはご家族だからです。どこにお金を使いたい方なのか、何を大事にしてきた方なのか。それは記録には残りません。

ですから当事務所は、ご家族に代わって財産を管理することを基本にしていません。ご家族が管理し、私たちはその後ろで支える。困ったときに、いつでも相談できる場所であること。それが役割だと考えています。

そのために必要なのは、ご本人がお元気なうちに、仕組みを整えておくことだけです。

当事務所の報酬(浜松市および近隣の場合)

報酬(税込)
遺言公正証書 作成サポート 110,000円
任意後見契約 作成サポート 110,000円

このほかに公証役場へお支払いする手数料がかかります(遺言の場合、財産の額により6万円前後が目安です)。

いずれも、契約時の一度きりです。その後のご相談に、費用はいただきません。


7. 今すぐ、何かをする必要はありません

ここまで読まれて、不安になられたかもしれません。

ですが、今日明日で決めるようなことではありません。むしろ、ご家族でよく話し合わずに急いで契約を結ぶほうが、後々の問題になります。

もし、いま一つだけしておくとよいことを挙げるなら、ご両親と一度、お金の置き場所について話しておくことです。どの銀行に口座があるか。通帳と印鑑はどこにあるか。それだけでも、後の負担はずいぶん変わります。

そして、そういう話を切り出すきっかけとして、この記事を使っていただければ十分です。

読んでいただいただけで、何もされなくてかまいません。

いつか必要になったときに、思い出していただければと思います。


名波司法書士事務所

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の事案について結論を保証するものではありません。金融機関の取り扱いや家庭裁判所の判断は、事案ごとに異なります。税務に関する事項は税理士に、紛争性のある事案は弁護士にご相談ください。

記事内の費用および法改正に関する記述は2026年7月時点のものです。施行日や運用の詳細が定まり次第、更新します。

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